山あり谷あり!それはそれで人間らしいよね♪
              
    
              
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微妙なご近所付き合い   
今日は本当に驚いた事があったんです。
事の発端は何だったのか、今になってもさっぱり・・・

さちのお隣さんの話ではなかったのですが、お向かいさんの家での出来事。
しかし、その揉め事に巻き込まれてしまった祖母。

お向かいさんの家では、雑種の犬がいます。
ねこちゃんも飼っています。(動物が好きなんでしょうね)
そして、そのお隣さんは一人暮らしのおばあさんで、しかも動物があまり好きではないらしいのです。
そのおばあさんは、どちらかと言うとあまり外出せず家に篭っていると言ったほうが合っています。
だからなのか、どうなのかははっきりわかりませんが
用事で外に出るときは、色々と目に付くようです。

そして、今日、外で大きな声で何やらもめている様子だったのでベランダから見てみました。
すると、お向かいさんがしゃがんでいて何か拾っているみたいでした。
その横でおばあさんが仁王立ちになってかなりのケンマクで怒っていたのです。
そして、うちの祖母が何やら仲裁に入っている感じでした。
さちはあまりジロジロ見るのもヨロシクないと思って部屋に入って
祖母の帰りを待っていました。
すると、外は静かになり祖母も帰ってきました。
祖母に「何があったん?」と聞くと、祖母はあきれたように笑い事の経緯を話してくれました。
その祖母の話は、こんな感じでした。

↓↓↓

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車の後姿   
父上がドカンとやってしまったうちの車。
じっくりと見てみました。
見るまでそんなにひどい事になっているとは、考えもしていなかったのに
見た瞬間、「これは雨降りには乗れない・・・」と思ってしまいました。
車の真後ろ(ハッチバック?)部分が立て状に凹んでいるというか
折り紙にたに折れ線をつけて、開いてみました。という感じの凹みがありました。
更に、本当にど真ん中ということで、ドアの両端はフレームから浮いた状態

そりゃ、これを見た父上の驚いた気持ちはよくわかりました。

車屋さんに持って行くしかないようです・・・。
いきなりのこの出費は驚きと共に痛い出費になってしまいそうです。
離婚   
私、さちは×1子持ちです。

結婚したのは今から7年前。
中学生の頃から知っている1つ年上の男性でした。
付き合って2年くらいして結婚に辿りつきました。

結婚する前、ものすごく優しくて、頼りになる男性でした。
その人も私も愛し合っていました。

結婚するに当たって、色々と決めていかなければいけないとき
「この人で大丈夫かなぁ~」って思うことがいっぱいありました。
でも私がしっかりしていれば・・・と自分の気持ちを誤魔化して
夫婦になりました。

夫婦になってから、すぐに言われた言葉。
今でも頭に焼き付いています・・・。

「俺が今まで被ってた"猫の皮"これから剥いでいくから」

その言葉を聞いたとき、寒気がしました。
「は???」って感じでした。

でも、自分が選んだ人だから・・・と思って
幸せになろうと努力しました。
(↑この時点で可笑しかったのかもしれません)
努力しないとその人との結婚生活は幸せになれなかった。
でも、その努力は認めてもらえず・・・。

私自身がその人を信頼できなくなっていく幕開けでした。

一人目の子供がお腹に宿ったとき、喜んではくれました。
でも、その理由が変だったこと。
そして一人目の子がお腹の中で亡くなってしまった時。
流産して私自身が立ち直れなかったとき。

そんな時に、その人は私の気持ちを無視して
自分の欲求ばかりを私の体で満たしていった・・・。

この時点で「男としての信頼」は無くなっていた。

それから二人目の子供を妊娠。
元気な子供を産みたかった私。
でも、いつも気持ちは一人ぼっちで
その人が一緒にいても自分の欲求を満たすことで
頭いっぱいの男。

私が妊娠7ヶ月の頃、早産の危険があり
実家で安静にしていないといけなかったとき
本気で遊びまわっていた男。
たまに不機嫌な顔しながらでも会いにくる。
(お仕事のように・・・)
でも、そんな時は必ず体を求められ
私の気持ちは無視される。

無事、元気な男の子出産。

さすがに、病院へは毎日足を運んでくる男。

子供が産まれたことで
少しは大人になってくれたかと思った。
そして、少しずつでもいいから
父親として自覚を持ってほしいと思った。

それから4ヶ月。
私が軽度の"育児ノイローゼ"になっていたころ
また聞きたくも無いことを言われた。
私自身が悩んでいることを話して、元気付けてほしかったのに・・・。

子供に手を挙げそうになる・・・ってことを言うと
その人はこう言った。

「子供に手を挙げたら、俺がさっちゃんを殴る」って・・・。

育児に関しては何もやらない人だった。
でも、そんなところにだけは入り込んで私を痛めつけていた。

だんだん「父親としての信頼」もなくなっていった・・・。

その人の気ままな欲求を満たす時間は
私の都合に関係なく・・・。
いつも泣きながらの夫婦生活。
いつも「早く終わって」「早く私からはなれて」って思う状態。
終わってから別の部屋で一人で泣き明かす夜もたくさんありました。


そして、男として父親としての信頼がなくなってきた頃
私の我慢も限界に達し
とうとう私の体がその人との同じ空間を拒否するようになった。

体に異常が現れ始めた。

近くの実家から家に帰ろうとすると
「動機」「胃痛」「頭痛」
そんな状態のときにその人から「帰って来い」のメールや電話があると
「息切れ」「呼吸困難」になり
ついには「呼吸困難」から数秒の「呼吸停止」
まぁ、呼吸停止していたときのことは
自分では記憶に無いので家族から聞いたんですが・・・。
でも、救急車を呼ぼうかと思ったって言ってました。

この時、初めて私、死ぬかも・・・って思いました。

息子が産まれてから6ヵ月後。
その人との別居開始。

一緒に居なくても良いということだけでも
私の体調は回復に向かっていた。
でも、それと平行して心の病気が姿を現し始めた。

表情は無くなり、笑っていても目は笑っていなかったらしく
家族曰く、「死んだ魚の目」やったらしい。

その人と何度か話し合いをしたが
お互いの気持ちは平行線。

だんだん「離婚」という言葉が
私の頭の中で考えるようになった。

その人にも「もう無理」「離婚したい」と話してみたが
それは嫌だったらしく・・・。
けれども、私の気持ちはもう固まっていた。

話し合いで決着できないってなって
私から弁護士を立て、離婚調停。

その頃にはもうその人を
「人間として信頼」できなくなってた。

男として、父親として、人間としての信頼が無くなってしまった。
全く信頼できない人とこれから先一緒に生活なんてできない。
そう思った。

そして2004年2月、問題はいっぱいあったが
無事、離婚成立。

離婚成立するまでに、私は男性恐怖症になり
家族(父親や弟)の男の人までもが怖くなり
唯一、触れることが可能だったのは
自分の体から産まれてきた息子一人。
他の男の人には少し手がぶつかるだけでも
呼吸困難になったりしていた・・・。
だから神経内科に通い、安定剤を飲む毎日。
外出にはかなり勇気も時間もいった。

離婚が成立してからも心の病気は治らず・・・。
薬漬けの毎日。
一人での外出もなかなかできなくて
どうしても一人で出かけないといけないときは
安定剤を必ず持ち歩き、いつでも飲めるように。
そして休憩を長く取りながらの外出。

普通にスーパーにもいけない状態だった。

そして日常生活にも支障がきていて
すごく辛い日々が続いた。



今はもう心の病気を克服できたと思っている。
ただ、たまに怖いと思うときあるけど・・・。
なんとか生きて行けてる。
そりゃぁボヤキたくもなるでね   
また通りすがりの台風が・・・。
近畿地方には20日の夕方から夜にかけて風がすごくなるとか・・・。
許せん!!

しかし、雨が降らんことには食物が育たん・・・。
ということは、物価が上がってしまう・・・。
それまた許せん!!

仕方がないということはわかっているけど
何も連続で来ることないだろう~!!

また次の台風が来週あたり訪れるみたい・・・。

あ~~~、雨降り、憂鬱だでよ~~!
バックオーライ(?)   
今日、家族が乗っていった車。
さちより運転のベテランとも言える父上が、やってしまいました

祖母の用事で車を出し、さぁ帰ろうと車のエンジンをかけ、少しバックして出発!と言うときに
ガードレールが見えてなかったのか、車の後部をドカンとやってしまいました。
アクセルは踏んでなかったからスピードは出てなかった物の、全く障害物があることに気付いていない父上。


ものの見事に、ブレーキ踏まずに当たった衝撃で止まった車。

まぁ、誰も怪我してないからよかったけど・・・。

その車、7月に購入したばかりの新車。
小さな傷はママがつけてしまったこともあったけど、
ハッチバック(?)が開かなくなるほどまでのことは初めてのことで、
父上もガックリ・・・。

まぁ、気を落さずに、立ち直ってくだされ父上

ちなみにママ自身は今年の4月に免許をとったばかり。
若葉マークが素敵に光る!
寝てくれぬ子供   
さちには3歳になる男の子がいます。
周りから見れば可愛い時期かもしれません。
でも、可愛いのは寝ているときと甘えてきた時(時と場合によりますが)ぐらいです。
悪戯はだんだん激しくなってくるし、言う事は聞かなくなるし、
何より1番は、反抗することを覚え
(自我の芽生えだとは思うのですが)
ワガママにやりたい放題。


最近風邪をひいて生活のリズムが狂ってしまった、我が息子。
薬の効果なのか、1日中眠気でボーとしていた日がありました。
それからです。リズムが昼夜逆転してしまいました。

だいたい朝方の5時ごろ寝て、昼過ぎに起き、夜8時ごろウトウトとして
そのまま布団に連れて行っても夜中の1時ごろに起きだします。
そして、また朝方まで起きているのです。

一人で起きていてくれるならまだしも、周りの大人を起して回ります。
結局、ママの私が朝方まで付き合います。
そして、ママも風邪をひいてしまうという最悪の事態になりました。
徐々に朝起きる時間を元に戻してはいるのですが
もうかれこれ1週間くらいこの昼夜逆転が続いていて、ママの体力も限界に・・・。

頼むから、早く元のリズムに戻ってくれ~!!
天使の話3   



そして目が覚めたのは手術開始時間からわずか30分後でした。

手術時間は15分かかると言われていたので、術後15分で目が覚めてしまいました。

麻酔が切れるのは術後1時間はかかるそうです。

でも、私は15分で目が覚めてしまい、体の感覚がないことに気分が悪くなりました。

体が全く動かない。頭も横を向けることが出来ない。

「ここは病院?手術は?終わった??それともまだ終わってない?下着ははいてるけど・・・」とかなりのパニック状態でした。

それから、徐々に麻酔が切れ始めたころ母親が部屋に来てくれました。

思わず泣きそうになりましたが、涙も出ないくらいまだ麻酔は残っていました。

そして、頭が動かせるようになってきたころ手のひらが少し動かせるようになり、指で探りながらお腹に手をあてました。

「もう、ここには何もない・・・。赤ちゃんはもういない・・・」そう思ったとき我慢していた涙が出てきました。

そして、母親に涙を見せてしまいました。

そうするうちにお腹も腰も痛くなってきて、涙が止まらなくなりました。

まだ、体を自分の力で動かすことが出来ない私を見て、母親は楽な姿勢になるように動かしてくれました。

そしてずっと背中や腰をさすってくれていました。

母親の手の温もりが本当にありがたくて、我慢していた物が全部涙とともに流れていきました。


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そして涙が少し落ち着いてきたころ主人が来ました。

思わず手を出して主人の手を握りました。

それから、少したって看護士さんが「もう、起きれますね」と言って部屋に入ってきました。

私はまだ、麻酔が抜け切ってなかったのですが、

「ここにはあんまり居たくない。早く家に帰りたい」と思いフラフラしながら診察室へ行き、先生の話を聞きました。

「寂しいと思うけど、この子の運命やったと思って受け入れていってください。

次の赤ちゃんはちゃんと妊娠できますから。心配はありませんよ。

赤ちゃんはお腹の中で成長できなかったんです。

産まれてくることができていたとしても、赤ちゃん自身の負担が大きかったでしょう。」と話してくださいました。

その時は、何を言われても耳に入ってきませんでした。

「なんで、こんなことに・・・」そればかり考えていました。


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それからは、体の方は順調に回復していきました。

ただ、心が治らないのです。

何をしていても考えていることは、いつも同じことでした。

「私の赤ちゃんは何処にいったんやろ?今何をしてるんやろ?

寂しくないかな?泣いてないかな?」

そんなふうに日々を過ごしていく中で私は幻聴や、辛い夢を見るようになっていきました。


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一人でいると何処からか赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるようになり、私は耳を塞ぎました。

夢は、もっと現実味をおびていて毎日毎日私を襲いました。

顔のぼんやりした赤ちゃんが私の腕の中で泣いていたり、笑う声を出していたり・・・

ついには私が夢の中の赤ちゃんに、お乳をあげているという夢も見ました。

そして徐々に私は弱っていきました。

毎朝、いなくなってしまった赤ちゃんに手を合わせ、コップに水を入れて・・・というのが日課でした。

ある日母親が水とお塩、お菓子もあればもっといいと言ったので、それも試みました。

母親は「これは気の問題やから、自分がいいと思う方法で供養してあげるしかないね。

毎日してるとちゃんと届くから」と言ってくれました。

そして、日が経つと今度は飲んでもらえないお乳が出始めました。

温かいお乳でした。

子供が出来たらホントにお乳ができるんやな~と思いました。

そのお乳は1ヶ月もしないうちに止まりました。

飲んでくれることが無いので、出なくていいということでしょうか・・・。


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そんな生活の中、10ヵ月後に二人目の赤ちゃんを妊娠しました。

私はまだ、一人目の赤ちゃんのことが乗り越えられないでいたのですが、

落ち込んではいられない。今度の子は元気に産まれてこれるように!!と思って色々妊娠・出産について勉強をして

お腹が大きくなってくるに連れて、段々乗り越えていけました。

そして、二人目の赤ちゃん"まーくん"が産まれてやっと乗り越えられることが出来て、

今、こうして文章にできています。


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天使は二人目の赤ちゃんとして戻ってきてくれたのでしょうか?

本当のところはわからないです。でも、まーくんは順調に、元気に成長しています。

生まれ変わりならば、あの夢は本当になったんですよね。

生まれ変わりでなくても、きっと空から私達を見守っていてくれていることを信じて・・・。

H.15.1.15


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天使になったあなたへ


「あなたの弟はこんなに元気に成長していますよ。これからも、弟を見守っていてやってくださいね。

あなたは私に命の大切さを教えてくれました。あなたのことをただの、悲しみでしまいこみたくない。

あの夢で話してくれたように私達の近くにきっといてくれていると信じています。」


天使の話2   




次の日、病院へ。前日よりは気持ちは軽く、足取りも軽かったことだと思います。

また、エコー、内診を済ませ、先生の前に座りました。

先生の顔を見れば、結果はわかりました。前日はニコニコ笑っていた顔が、今日怖い顔をしている。

「心音が全く反応していません。残念だけども、この子は諦めましょう。」

この後は中絶の手術の話をされたようですが、なんにも覚えていないのです。

この日ばかりは、ちょうど仕事が休みだった主人が付き添ってくれました。

医師の話は全部主人が聞き、私はその横で抜け殻になっていました。何も聞こえませんでした。

手術の同意書を渡され「明日、空いてるので手術します。来れますか?

なるべく早い方が母体への影響が少ないんですけどねぇ」と医師は言いました。

主人は「じゃ、明日にお願いします。」と返事していました。私抜きで、話はたんたんと進みました。


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病院からの帰りに実家に寄りダメだったことを報告。

私は次の日まで抜け殻になっていました。

お腹にいることがわかってから3週間と1日だけと短い間でした。

女の子かな?男の子かな?そんなふうに考えることが出来たのは2週間でした。


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その日の夜、私は夢を見ました。本当に不思議な夢でした。

真っ白な空間に私と形のはっきりしない小さなボールのような物と話をしているのです。

私は泣いていて、「どこに行くの?」と言っていました。

するとその小さなボールは「大丈夫。あなたの近くにいるからね。」と優しく答えてくれました。

そして、小さなボールは「心配しないで。痛くないんだよ。

元気になったら帰って来るからね。また、会えるよ。」と言って、

すうっと目の前から消えてしまいました。後に1粒の硝子玉を残して・・・。

私は目を覚ましました。泣いていました。

夢を見ながら泣いていたのは初めてでした。

そしてそのまま朝まで一人で泣き続けました。


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そして辛い一日が始まりました。

朝から病院へ行き、最初の処置が始まりました。

子宮の中の羊水を抜く為に綿花のような物を子宮の中に詰めていくのです。

口から吸う麻酔を始めましたが、なかなか効いてこない様でした。

先生は処置を始めてしまい、今まで経験したことのないような痛みがありました。

このときは子宮の痛みで涙が出ました。

そしてそのまま一度帰宅し夕方の手術までは動かないように言われました。

この後の手術では、体も心も痛むことになるのです。


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夕方になって病院へ。

手術の前に、全身麻酔をすることを聞き、手術台へ。

生まれて始めての妊娠、中絶、手術、麻酔。本当はとっても怖かったです。

できることなら、その場から逃げてしまいたかった。

全身麻酔は注射で薬を入れていきました。これもなかなか効いてきませんでした。

看護士さんが「ゆっくり10まで数えてね」と言われ、私は数え始めました。不安で看護士さんの顔をじっと見ながら・・・。

看護士さんも優しくうなずきながら一緒に数を数えてくれました。

7・8・9・10。10まで数え終わっても私の意識ははっきりしていました。

まるで体が麻酔を拒んでいるかのようでした。

看護士さんは、「もう少し数えようか」と言って11・12と数え始めました。

結局28まで数えたくらいで背中の感覚がなくなっていき

30の時には瞼が重たくなって、

32くらいで口が麻痺してそのまま眠りました。

天使の話1   
ここでは、遠くに行ってしまった天使のお話を書きたいと思います。


私には、もう一人子供が産まれてくる予定がありました。

ここにいてれば天使は2歳になっていたはずなのですが・・・


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結婚して2ヶ月くらいがたった頃、「いつもと違う胸やけがするな~」と思い

直感で妊娠してるのでは?と思いました。

そして生理ではないのに出血が少しあったことも気になっていたので

産婦人科を受診しました。

出血は1週間くらい続いていました。

あの時、すぐに病院へ行っていたらまた違った結果が待っていたかも知れません。


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病院では、やはり妊娠しているとの事。

なんだか妊娠したということがこそばがゆいような、少し不安で、嬉しかったですね。

でも、「まだ、9週目なので2週間後に来てくださいね」と言われました。

まだ、実感が持てなくて病院から帰る道、ずっと顔が緩みっぱなしでした。


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それからは嬉しくて、2週間後が楽しみで、

毎日「どんな子供が産まれてくるんだろう」とワクワクして過ごしました。


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そして、1週間が過ぎた頃、突然お腹に痛みが走りました。

痛みに倒れてしまった私は、主人に付き添われて病院へ行きました。

医師は「膀胱炎かもしれないから、検査しておこうね」と言い、検査を受けてその日は帰宅。


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そして、2週間が過ぎ、検査結果はやはり膀胱炎と診断。

その後、前回と同じようにエコーをとったり内診をしてもらい

「妊娠してますよ。」と言ってもらえるものだとばかり思っていました。

でも、医師の口から出てきた言葉はそんなに平和なことではなかったのです。

「赤ちゃんの袋はちゃんと出来ていて、赤ちゃんも確認できます。ただ、心音がほとんど反応しないんです。」

へ?っと思いました。先生は、何を言っているんだろう??そう思いました。

そして「もう少し様子を見て、元気になってきたらいいけど、最悪は諦めないといけないかもしれないよ」

私は宙に浮いたような、悪い夢でも見ているような感覚でした。

「1週間様子を見ましょう。もしダメなら中絶手術になります。その場合12週が限界なので。

それ以上遅くなるとお母さんにも負担が大きくなるし、次の赤ちゃんの為にも綺麗にしておかないといけないからね」と言われました。

先生の言っていることがわかりませんでした。「初めての妊娠なのに、どうして?」そう叫びたかったです。

でも、声も出ませんでした。「はい」というのが精一杯でした。

そのままヨロヨロと家に帰り3時間ほどは座ったまま動けなかったのです。


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そして、ハッと我に帰って

「こんなことしていたらあかん。何とかして赤ちゃんを守ってあげないと」と思い1週間の戦いが始まりました。

実家で安静にし、栄養のあるもの、赤ちゃんにいいものを食べて、

一生懸命お腹の子に「元気になってね。あなたの顔を見れる日を楽しみにしているからね」と話し掛けていました。

1週間の間は、本当に何をしたらいいのか、あんまり賢くない頭をフル回転させていました。


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そして運命の1週間後がやってきました。

病院へ行くのが嫌で嫌で、足が反対を向いてしまうのです。

病院のドアを開け何度も深呼吸をして受付へ。看護士さんも心配そうな顔をしていました。

待合室で待っている間も、お腹の子に話し掛けました。

「大丈夫、あなたは元気になっているよね。産まれてくるんだよね。」


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私の名前が呼ばれ、診察室に入りましたが、先生の前で立ち尽くしてしまいました。

「大丈夫ですか??」と言われて、やっと動けました。

エコー、内診と済んで先生はこう言いました。

「今日は、この前より元気みたいですね。どうしようかなー」

心音に反応があったのです。涙が出ました。

その涙を見て、医師は「明日、もう一度来てください。もう一度調べて今後のことを決めていきましょう」

元気になっていたのね。と何度も何度も心の中でお腹の子に話し掛けました。

少しだけ気持ちが軽くなったような感じがしました。

でも、この心の一瞬の隙に悪魔は入り込みました。
                                    
              
    
                        
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